以前「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」というJSTの研究プロジェクトのために作成したアンビグラム.
アンビグラムとの出会いはダン・ブラウン「天使と悪魔」に出てくる図案を描いたジョン・ラングドン.ちなみに,主人公の名前にもなっていた.
メールを読んだら次のいずれかをすること:
次のことは決してしてはならない:
看護の研究者と「手際の良さ」すなわち成功するタスクマネジメントに関する研究をしている。
数多くの先行研究が、出発点としてプロの調理場を挙げている。限られたリソース、刻々と変化する要求、複雑な依存関係、研究の基本要素はすべて調理場にある。
餃子の王将に厨房見学を申し込んだのはこういう理由である。
プログラマはなんでも抽象化したがる.
UIウィジェットも例外なく抽象化の対象にされてきた.Xt, Tk, Java AWT, … 抽象度を上げすぎてどうにもならなくなったものがかなりある.
形は抽象化しすぎてはいけないようだ.少なくともUIウィジェットでは.
スティーブ・ジョブズがiPadのプロトタイプを見せられたとき,すぐに製品化せずにiPhoneの開発を命じた話は有名だが,アップルだけではなくインテルだって待った(らしい)という話をする.
2000年3月6日にAMDはAthlon(アスロン)CPUの1GHz版を出荷する.当時1GHz動作のCPUは一種の到達目標で,1990年代後半にはガス冷却のRISC系チップが実験的に1GHz到達を謳っていたが,x86系CPUで動作クロック1GHzに到達したのはAthlonが最初だった.インテルは慌てて3月8日に Pentium III の選別品で1GHz品の出荷を行うが,安定供給するようになるのはずっと先のことで,これはインテルだって本気を出せば1GHz品を出せるというアリバイ作りではないかと当時は考えられた.
インテルはときどき,クロックアップを停滞させる.
おそらく,インテルは待ったのではないだろうか.CPUだけ供給しても,コンピュータはできない.まずマザーボードが必要である.インテル自身もマザーボードを作ってはいるが,主流のマザーボードメーカーは台湾にある.そして,マザーボードメーカーはインテルほどクロックアップに熱心ではないし,インテルほど新製品のテストが出来るわけでもない.
そこで,インテルはAMDと違ってマザーボードメーカーに追いつける時間を与えていたのではないだろうか.
真相はわからないけれど.
山水から水をとってしまった枯山水。羽を隠したダイソンの扇風機。そして、記事を書かなくても続けられるブログ、Tumblr。
共通していることは、あるものについて、本質と思われていたものをなくしてしまっても、それが成り立つことを示したことだろう。
暑苦しいだけだ.
熱い想いを持つもの同士が,細部に至るまで全く同じ想いを持っていることなどまずない.ある問題に真剣に向き合っていれば,自ずと僅かずつ異なる解に辿り着いているだろう.だから,はじめのうちは一緒に歩くことができても,いつかはお互い違う方向に向かって歩き始める.
情熱は共有すべきだが,方法を共有 (share) できることは稀だ.ただ,広める (spread) ことだけが出来る.
はっ,TEDのスローガンって,そこまで考えていたのか...
The first computer I ever had was an 8080A machine that I inherited from my grand father. It sported 512 byte RAM (not Mega bytes nor Kilo bytes, just bytes). In mid 1980s I was happened to own an NEC’s PC-8001 personal computer, which had Z80A CPU and 32KB RAM. I also enjoyed programming on my friends’ computers (mostly Sharp’s X1 and X1 turbo, which had 64KB RAM).
When I was a university student I had a chance to own my first non-hobby PC. It was a second-hand 80286 machine that I later changed the CPU to Cyrix 486 (Intel 386 compatible but with a cache memory). It had 640KB “full” memory at first, and I added 2MB extra RAM as a LIM EMS expanding memory.
話の前提,あるいは僕の立場:僕は演繹法 (deductive approach) の反対である inductive approach は日本語の「帰納法」ではなく「非演繹法」(演繹法以外のすべての推論法)であるという立場を取る.帰納法と呼ばれるものは非演繹法のひとつであると考えるが,数学的帰納法に限っては演繹法の一種である.
創造に必要な道具は何かと問われれば,それは推論法であり,推論法のうち演繹法も非演繹法も両方必要と僕は答える.
演繹法を用いて得られる結果は,いつかは正しい答えが得られると(ゲーデルの第二不完全性定理*に含まれる問題を除いて)期待できるし,解答のわかっている例題は枚挙にいとまがない.ルイス・キャロルによる例を挙げる.
前提1.赤ちゃんは非論理的だ.
前提2.ワニを操ることができる人は軽蔑されない.
前提3.非論理的な人は軽蔑される.
設問.これらから導き出される結論は?
演繹法のための言葉を我々は十分に発展させてきたため(その多くはギリシャ人によるところが多い),時間,空間を超えて伝えることができるし,演繹法が文化の違いを超えて普遍的であることは多くの研究や実践が示している.
演繹法は構造を理解するための構造だと言い換えてもよいかもしれない.それはおそらくは万人に共通の構造で,どういうわけか,自然界もまた構造を持つようである.
だから,創造性を持つための一方の必要条件として,演繹法を完璧に身に着けておくべきだろう.
もう一方の必要条件は,非演繹法なのだが,非演繹法の説明にしても,そこから生まれた結果の表現にしても,言語はかなり無力だ(と思う).
ただ,言語が適切な表現方法ではないからといって,そこに構造が無いかというと,どうもそうではないらしい.
というようなことを,今後ブログで書き綴っていきたい.
*フォン・ノイマンは独自に第二不完全性定理に到達しているが,三日早く同じ結論に到達したゲーデルを生涯讃えたらしい.彼を見ていると,まったく自分はケチな男だなと恥じ入る.
水戸光圀公は暑い時も扇子を仰がず、ただ眺めたと言う。(ソース:水戸黄門)
扇子そのものが一級の美術品であったであろうから、仰いで万が一破れでもしたら国家的損失ということなのだろう。だから、仰がずに、仰ぎ見た。風流ではないか。涼しく無いけれど。
一方でダイソンの羽のない扇風機。これもまた風流ではないか。
教室.
同じ曜日,同じ時刻,同じ場所に集まる.下手をしたら座席も同じ.座っている向きも時間も同じ.
大学が学生に身に着けてほしいと願うものはなんだろうか.
創造性.
大学が学生に提供できる,創造的な活動は何かあるだろうか.
研究と演習.
演習?
例えば僕が学部1年生のときには,地球上の重力加速度を計測するという実験をさせられた.
地球上の重力加速度なんて教科書に書いてある.9.8[m/s2]だ.
偉大なる創造性は,疑問に思うことから始まる.
疑問に思ったら調査せよ.
そこで関西大学の教官は僕達新入生に,400年前と同じ方法で重力加速度を計測させた.もちろん結果は9.8[m/s2].
だけれど,結果は本質ではない.教科書を疑うことだ.
だから,次に僕達が考えなければならなかったことは,その実験方法は正しいのか,仮定として用いたガリレオの運動法則は正しいのか,使った時計や望遠鏡は正確なのか,といったことだった.
(ちなみに実験系の正しさを疑う癖は,後に電磁気の実験を始めたときに身についてくるという仕掛けだった.)
そして,車輪の再発明.
多くの軽量言語やC++標準ライブラリに比するソートプログラムを書ける学生はまずいない.
だけれども,学生はソートアルゴリズムを自分で書かねばならない.
エンジニアはいつも “how it works” に興味を持たなければならない.
知ることは作ることだ.
制御してはじめて理解したと言える.
創造してはじめて身についたと言える.
こうして創造性を身に着けて,ようやく研究に取り掛かれる.
本当に創造的な仕事に取り組める.
大学はもう,教室を閉鎖したほうがいいかもしれない.
See also: Lecture Halls without Lectures [PDF]
YF-17戦闘機と Pentium Pro のたどった道はどことなく似ている.
米国空軍の軽量戦闘機計画(1971)の候補になったのはジェネラル・ダイナミクスYF-16とこのノースロップYF-17だ.海軍機F-14を開発したグラマン,空軍機F-15を開発したマクダネル・ダグラスはこの計画から辞退している.
夢を追うノースロップにしては手堅いYF-17だが,空軍が結局コストを優先して単発機のYF-16を採用したため,YF-17はお蔵入りになる.ところが,F-4の後継機を探していた米国海軍がこのYF-17に目をつけ(なにせ海軍は双発機が大好きだ),マクダネル・ダグラスが主体となってYF-17を改良してFA-18戦闘攻撃機に仕上げた.その後マクダネル・ダグラスを買収したボーイングによってさらにパワーアップされたFA-18E/F戦闘攻撃機(通称スーパーホーネット)に至る.
このようにYF-17のコアは長く生き残ることになる.
そして,Pentium Pro (1995) のマイクロアーキテクチャであるP6コア.Pentium Pro 自体はあまり成功しなかったものの,その後 Pentium II (1997), Pentium III (1999) と続き,開発母体が変わったものの Pentium M (2003) そして Intel Core (2006) まで続く.
初代は筋が良かったものの日の目を見ず,その後他のチームによる改良で名機となったYF-17と Pentium Pro は似ていると思いませんか?
【告知】たらちねNIPPON講座「未来の科学者へ」天文学編を5月9日18:00-19:00に開催いたします.
中学校の理科のおさらいと,それが最先端の科学にどのようにつながるのか,わかりやすく解説します.天文学編では5月21日に控えている金環日食の見方もあわせて説明いたします.
日時:2012年5月9日水曜日18:00-19:00
場所:京都市中京区室町御池上る御池之町305遊子庵2F
受講料(1回分):5,000円(高校生以下3,000円).当日参加可能.
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