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古代の想像についての連続ツイート(1):古代を想像するのは楽しい。しかし、ごく限られた資料から古代のある様相を構築しようとする時、身悶えするようなもどかしさに苛まれる時がある。
(2)私が発掘しているピラミッド・タウンの「邸宅1」と名付けられた400メートル平米の住居では、その遺構に残されたものは僅かしかない。建物自体も場所によっては数センチ、数ミリしか残っていない。
(3)その中での推定は、人で例えるのであれば、足下が僅かに見える状態で、その人物の体格、容姿、年齢、性別、果てはその職種までも推定しようとする時に感じるもどかしさだ。
(4)学術的な報告書は「描写的な叙述」と言われる。私達はそこにささやかな想像を入れる。しかし、それですら本当に彼、彼女はこんな人だったんだろうか・・・と常に疑問がつきまとう。しかし、それが今度は引用され、引用され、引用されるうちに、本のなか事実となり、一人歩きを始める。
(5)なにか引用されるかは、その時代が決める。考古学者も「時代の子」だ。その圧倒的な力の奔流に流されながら、その流れの始まりと行き着く先を見据えようとしている。
(6)正に、以前、教えて頂いたゴーギャンの「われわれは何者なのか?われわれはどこから来たのか?われわれはどこへ行くのか?」だ。
@yukinegy
今日はスフィンクスの連続ツイート(1)ギザのスフィンクスの古代名は分からない。その周りにある幾つもの神殿、幾百もの墓や遺物はその巨石建造物の名前を語らない。スフィンクスという名前はギリシア神話に登場する女性の顔と乳房のある胸、そして鷲の翼を持つ怪物である。
(2)4500年前にギザ第2のピラミッドを建てさせたカフラー王が、その大建造プロジェクトの「最後の」モニュメントとして建造しようとしたのがスフィンクスだ。しかし、それは未完成に終わり、名のなきまま、1000年間放置された。
(3)ギザ台地の低地に作られたスフィンクスは、あたかも巨大な「くぼみ」の中に鎮座しているようである。そこは砂によって埋まっていく。未完成のスフィンクスは長きに渡り、砂によって埋められていった。
(4)スフィンクスが掘り出されたのは、建設から1000年後の新王国時代。ファラオ達は、戴冠の際ここを訪れ、礼拝堂や周壁などを建立し、ここで太陽神と偉大な祖先達に王であることを認められた。
(5)スフィンクスが作られた当時、ギザ台地は大工事現場だった。そこから砂が吹きぬける廃墟となり、それが新王国時代、スフィンクス信仰と共に聖地なって復活した。この時、スフィンクスは「地平線のホルス神」もしくは「シェセプ・アンク(生ける像)」と呼ばれた。
(6)地平線は来世への入り口であり、隼の神ホルス神は王権の象徴であるだけでなく、その飛翔から現世と来世を渡るものと考えられていた。そしてシェセプ・アンク(生ける像)とは、エジプトでは「彫像」そのもののことを言う。つまりスフィンクスは 英語で言う”The Stateu”だった。
(7)王達はここにこぞって建物を建てた。大王と言われるラメセス二世は足下に礼拝堂を、アメンヘテプ二世は北側に礼拝堂、アクエンアテンやツタンカーメンは、休息所を。そしてトトメス4世は砂からスフィンクスを守るべく巨大な周壁を建てさせた。 http://bit.ly/cXxWQH
(8)トトメス4世が建立した有名な「夢の碑文」と呼ばれるものがある。それは前足の間に建立されたもので、王子であるトトメスが砂に埋もれているスフィンクスの肩で眠る。夢の中でスフィンクスは「私を掘り出したらお前を王にしてやろう」と語りかける。
(9)今回の日乾し煉瓦の周壁の発見は、スフィンクスの歴史を再構築するうえで、とても重要なものだ。新王国時代のスフィンクスのその周りの聖域がどのようなものであったのかを復元できる。それは黄金のマスクとは異なる価値を持つ。
@yukinegy
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