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Blog of Ichi Kanaya / 金谷一朗のブログ

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    16 posts tagged physics

    物質は本質的に自己複製する

    物性物理学者(お名前を失念...)

    いつ数学を学ぶか

    物理学は、数学という言葉で書かれている。なので、物理学を理解するには、まず数学を理解せねばならない。問題は、必要な数学を必要になる度に学んだ方が良いのか、それとも予め一気に必要な数学を学んでおいた方が良いのかだ。いやいや、もう一つオプションがある。理解した気になっておくのだ。

    厳密な例をあげると、交流理論がそうだ。ほとんどの場合で、交流のオームの法則が使える。その裏には、電磁気学があり最低でもベクトル解析が必要だが、それらを理解していなくても、複素数の四則演算さえできれば、交流の性質のかなりの部分を理解できる。(交流のオーム則が正当であることを理解するには、フーリエ変換と、人類の至宝オイラーの公式を使う必要がある。)

    厳密でない例は、アナロジーだろう。例えば,静電場の大きさは電荷からの距離の二乗に反比例するが、これは電荷から何かの粒子がじゃぶじゃぶと湧き出ていると考えると、逆二乗則は幾何学的に当然のように思える。もちろん自明ではないのだが、ともかくそう理解できる。より厳密に理解したくなったときには、これまでのアナロジーを捨てて、新しいモデルを学ぶ。静電場の例で言えば,(ガウスの)発散定理が最有力候補だ。

    そういう意味では、物理の理論なんて当分の間は(ひょっとしたら永遠に)大雑把な近似なのだから、数学なんて理解した気になっているだけで十分なのかもしれない。もちろん、本当に理解していないことを認知しておく必要はあるが。

    Lightsecond / 光秒

    If we take lightsecond as a unit of distance, the lightspeed c is exactly equal to 1. Thus E=mc2 looks E=m. This is better than the original because it explicitly expresses mass is energy.

    【講義の補足】もし我々が距離の単位に「光秒」を使っていたら,光速cは1であるから, E=mc2は E=m のように書き換えられる.このほうがエネルギ(エナジ)と質量の関係を一発で言い当てていて好ましい.

    Analogy Proves Nothing, But… / アナロジーは何も証明しない,しかし…

    Analogy proves nothing. You can never deduct anything by analogy. Analogy is just analogy, it is never logic.

    But… many great theories have been discovered by analogy. Quantum physics might be the best example of the cases.

    Good analogy makes good theory. Many scientific papers hide true stories on how the theories come to the authors’ minds and tell logical steps to the theories. But telling the true stories is worth trying especially in blogosphere.

    Share your analogy. It is okay for real science.

    アナロジーは何も証明しない.アナロジーによって演繹できることは無い.アナロジーはアナロジーにすぎない,それはロジックではない.

    しかし!

    多くの素晴らしい理論はアナロジーから生み出されていることも事実である.量子力学はその最も成功した例だろう.

    良いアナロジーは良い理論を生む.多くの科学論文は,理論生誕の本当の話を書かず,あたかも論理的帰結だと主張するが,本当はそんなことはない.それに,発想したことをブログなんかで共有することは有益なことだ.

    アナロジーを主張しよう.それは科学の役にも立つ.

    1905 / 奇跡の年

    The following series of tweets are on the miracle year of physics, 1905. The original posts are in Japanese, but let me try putting them in English as possible as I can.

    In 1905, Albert Einstein presented three different research papers: a theoretical research on Brownian motion (a part of statistical physics), a new viewpoint for photoelectric effect, and Special Relativity.

    In 1864 James Clerk Maxwell completed Maxwell’s equation that beautifully describes everything about electromagnetism, that had been found in his age. The only problem of the equation was inconsistency with Newtonian mechanics (more accurately, Gallileo’s relativity).

    Scientists of that age faced very difficult problem. Both Maxwell’s equation and Newtonian mechanics were so beautiful that the collision of these two was something unacceptable. Correction to one side would collapse such beautifulness of that side.

    Maxwell’s equation leads to an idea that the light speed is constant on any arbitrary system. To illustrate, imagine you are in a train travelling by the light speed, and flush a light; you will see the light still travels by the light speed. This idea cannot be accepted in Newtonian mechanics. For example, if you speed up tour car to 100km/h to follow a ball flying by 100km/h, you will see the ball freezing in the air. However, light never freezes.

    Very many scientists tackled this problem. Lorentz almost reached to Special Relativity, which soon later Einstein discovered.

    Einstein integrated Maxwell’s equation and Newtonian mechanics from his unique view points. The first view point is named special relativity. This is an extension of Newtonian mechanics.

    The second view point is quite unique: he argued that the light speed must be constant by physical law. Before Einstein, people thought the constantness of the light speed was a logical deduction of Maxwell’s equation. He changed how we see the world.

    Einstein’s idea on the light speed was thought crazy in 1905, and I daresay it has not been fully understood until today. How come Einstein put the constatness of the light speed in the center of his theory?

    In 1905 Einstein also presented a new theory on photoelectric effect. In this theory Einstein argued that the light is particle, however, the Maxwell’s equation stood on the idea that the light is wave.

    Einstein seemed to know that the light was not particle nor wave, but was quantum. He knew that Maxwell’s equation would conflict other new theories sooner or later. He knew that the constantness of the light speed would survive.

    His inspiration in 1905 was proved by quantum electrodynamics of 25-year-after.

    Albert Einstein almost completed classical physics by theory of general relativity, and also started modern physics by his paper in 1905 and then writing (critical) letters to his colleagues.

    1905年(01)僕はアルベルト・アインシュタイン博士を尊敬する.彼に関する,奇跡の年1905年に関する連続ツイート.

    1905年(02)1905年,アルベルト・アインシュタインは三つの論文を発表する.ブラウン運動を説明する論文,光量子説,そして,特殊相対論.後に1905年は奇跡の年として記憶される.

    1905年(03)当時,次々と発見される電磁現象に対して,ジェームズ・マクスウェルが,現在マクスウェル方程式と呼ばれている,極めて美しい理論を組み上げていた.問題は,マクスウェル方程式がニュートン力学(正確にはガリレイ相対性と呼ぶ)と矛盾することだった.

    1905年(04)マクスウェル方程式とニュートン力学(ガリレイ相対性)のどちらを修正するべきか,どちらとも理論としてあまりにも美しいので,修正の試みはどう見ても無様なものだった.

    1905年(05)マクスウェル方程式からの理論的帰結のひとつに,光(波)の速度は絶対に変わらないということがある.例え,光の速度で走る列車に乗って光を観察しても,依然光は光速で去っていくのである.

    1905年(06)これはニュートン力学(ガリレイ相対性)の考え方と相容れないものである.時速100kmのボールを時速100kmの自動車で追いかければ,ボールは静止して見えるはずなのである.ところが,光の波はそうはならない.

    1905年(07)無数の研究者がこの問題に取り組んだ.特にローレンツはほぼ特殊相対論まで達していたが,最後の1ピースがはまるにはアインシュタインを待たねばならなかった.(後にローレンツは特殊相対論はアインシュタインの独創であると賞賛している.)

    1905年(08)アインシュタインは,全く新しい視点から,マクスウェル方程式とニュートン力学を統合した.新しい視点のひとつを特殊相対性原理と言う.これはガリレイの考え方(動く船のマストからボールを落としてもボールはマストの真下に落ちる)を電磁現象に拡張したものだ.

    1905年(09)特殊相対論のもう一つの新しい視点は,光速度不変の原理だ.これまで,マクスウェル方程式の理論的帰結として知られていた「結果」を,特殊相対論では「原理」に据えたのだ.

    1905年(10)光速度不変の原理は,はっきり言って,滅茶苦茶である.当時はそのように受け取られたし,その意味が完璧に理解されている現代においてすら,光速度不変の原理を中心原理に据えたアインシュタインの意図はほぼ理解されていないように思う.

    1905年(11)特殊相対論を構築するにあたって,光速度不変の原理以外の指導原理を導入することは可能であった.例えばマクスウェル方程式を中心に据えることは依然可能である.

    1905年(12)アインシュタインは,同じ1905年に光量子説を発表している.光量子説は,光は「粒」だという立場に立っている.マクスウェル方程式が光の波動説に立脚していることを考えると,特殊相対論と光量子説は矛盾することになる.

    1905年(13)彼は,1905年の時点で,光は波でも粒でもなく,量子(波と粒の両方の性質を備えたもの)であることを確信していたらしい[砂川重信 http://amzn.to/eNYC9O ].つまり,マクスウェル方程式はいずれ「破綻」する.しかし,光速度不変の原理は,生き残る.

    1905年(14)アインシュタインの1905年の直感は,25年後の量子電磁気学の登場で正しさを証明される.僕が,アルベルト・アインシュタインを尊敬する理由はこれである.

    1905年(15)アインシュタインは,その後一般相対論によって古典力学を完成させた.彼自身が1905年に扉を開いた量子力学に関しては,同僚科学者に批判的な手紙を書き続け,図らずも,量子力学創設の偉大な功労者にもなった[ニールス・ボーア].なんという男だろう.

    電磁気学を学んだ人は,その苦労を思い出して欲しい.

    電磁気学(特殊相対性理論の別名)は,教えることの最も困難な学問分野の一つであろう.とりわけ,その適用範囲を考えると(電気を使わない工業製品が考えられるか?),この教育の困難さは看過できない.

    紙の教科書,黒板,模型,実験を通してさえ,正しい電磁気のイメージを伝えることは困難なのだ.いまのところ,それは数式と相当大雑把な図形や模型,繰り返す実験を通して学生の想像力をかき立てるしかない.

    Ichi Kanaya’s Blog: 電子教科書は喫緊の課題というお話

    熱(fever)があるので熱(heat)について考えてみた 2

    もう一度数式に立ち返る.


    dU = δQ - δW

    エネルギの差をdUとしたのに対して,熱の量はδQ,仕事の量はδWと書いた.たいていの教科書はこう書いてあるし,Wikipediaでもこの表記だ.実はここに深い意味がある.なぜエネルギの差分がローマ字dで加えられた熱や与えられた仕事(これも0からの差分である)がギリシャ文字のしかも小文字のδなのか.たぶん,熱の本質を理解する鍵はここにあるように思う.(あらかじめ断っておくとこの式のδは変分法を表すδではない.近代の数学記法がアルファベット圏で生まれたのは不幸なのかもしれない.)

    エネルギは状態(ステータス)を表す量である.であるから,ある系の時刻1でのエネルギをU1,時刻2でのエネルギをU2とすると,その差分dUは

    dU=U2-U1

    であって,例えば時刻1と時刻2の間がどうであったかということに興味を払う必要はない.

    一方,仕事はプロセスであるから,ある時刻tでの仕事率(その瞬間の仕事)をPtとすると,仕事全体δWは

    δW=P1+P2+P3+…Pn

    になる.

    砂川重信先生はこれを「内部エネルギは資産,仕事や熱は所得」と分かりやすく解説されている.

    (熱がある限り)続く

    熱(fever)があるので熱(heat)について考えてみた

    熱というのは実にわかりにくい概念であろう.熱もあるので,原点に返って考えてみる.

    熱の現代の解釈はこうである:熱はエネルギの移動形態のひとつである.より正確には,物体間で仕事 (work) 以外の方法でエネルギが移動するとき,それを熱と呼ぶ.熱力学第1法則によると,


    dU = δQ - δW


    である.ここにdUは閉じた系 (system) の内部エネルギ (internal energy) の変化,δQは系が「外部から」加えられた熱の量,δWは系が「外部へ」した仕事の量である.符号に注意すれば,物体(あるいは閉じた系)にエネルギを移動させる(与える)には,仕事を与えるか,熱を加えるかしか方法がない.

    熱がエネルギの移動形態のひとつということはわかった.その実体は何だろうか?かつて燃焼の実体とされたフロギストンを否定し近代化学の父と呼ばれたラボアジェは,熱の実体にカロリックという名をつけた.お察しの通り,いまはカロリックもまた科学史のファイルのフロギストンと同じ項目に分類されている.この項目には,アインシュタインによって葬り去られたエーテルも眠っている.

    仕事に物質としての実体は無いように,熱にも物質としての実体は無い.

    (たぶん)続く

    必読.

    電気の本質・直流編

    電気回路は,電源,電線,負荷から出来ている.といっても難しいことはない.ポンプと水車を水道管でつないだおもちゃのようなものだ.

    ポンプは水を低いところから高いところへと汲み上げる.簡潔に言うと,水位を上げるのがポンプの役目である.高いところにある水は自然に低いところへ流れようとする.この流れの中に水車を差し挟むと,水の流れによって水車はくるくるとまわり,何かしらの「仕事」をする.例えば,小麦を粉にするとか.

    電気回路も全く同じなのである.唯一の違いは,水が水分子(H2O)から出来ているのに対し,電気は電子(e)から出来ていることぐらいだ.

    電源は電子を汲み上げる装置である.どこからどこへ汲み上げるのかと言えば,「電位」の低いところから「電位」の高いところへ汲み上げるのである.水位の違いを水圧と言うように,電位の違いを電圧と言う.

    電線はただの水道管で,ただ電子を運ぶ.

    水車のように,流れてくる水分子(または電子)の力で何かしらの「仕事」をする装置を負荷(ロード)と呼ぶ.水車の場合は臼を回し,その過程で熱を発する.電気的ロードの場合も,外になにがしかの「仕事」をし,たいていは熱を発する.

    「仕事」という言葉を曖昧な意味のまま使った.「仕事」とは,力かける距離のことである.たとえば1ニュートンの力(これは1キログラムの物体を1秒間で静止状態から毎秒1メートルまで加速させる力に等しい)で,物体を1メートル動かしたとき,この仕事の分量は1ジュールである.

    1秒に1ジュールの仕事をするロードを1ワットのロードと呼ぶ.ワットは毎秒の仕事,つまり仕事率の単位である.

    奇跡の年1905年に関する連続ツイートのまとめ

    1905年(01)僕はアルベルト・アインシュタイン博士を尊敬する.彼に関する,奇跡の年1905年に関する連続ツイート.

    1905年(02)1905年,アルベルト・アインシュタインは三つの論文を発表する.ブラウン運動を説明する論文,光量子説,そして,特殊相対論.後に1905年は奇跡の年として記憶される.

    1905年(03)当時,次々と発見される電磁現象に対して,ジェームズ・マクスウェルが,現在マクスウェル方程式と呼ばれている,極めて美しい理論を組み上げていた.問題は,マクスウェル方程式がニュートン力学(正確にはガリレイ相対性と呼ぶ)と矛盾することだった.

    1905年(04)マクスウェル方程式とニュートン力学(ガリレイ相対性)のどちらを修正するべきか,どちらとも理論としてあまりにも美しいので,修正の試みはどう見ても無様なものだった.

    1905年(05)マクスウェル方程式からの理論的帰結のひとつに,光(波)の速度は絶対に変わらないということがある.例え,光の速度で走る列車に乗って光を観察しても,依然光は光速で去っていくのである.

    1905年(06)これはニュートン力学(ガリレイ相対性)の考え方と相容れないものである.時速100kmのボールを時速100kmの自動車で追いかければ,ボールは静止して見えるはずなのである.ところが,光の波はそうはならない.

    1905年(07)無数の研究者がこの問題に取り組んだ.特にローレンツはほぼ特殊相対論まで達していたが,最後の1ピースがはまるにはアインシュタインを待たねばならなかった.(後にローレンツは特殊相対論はアインシュタインの独創であると賞賛している.)

    1905年(08)アインシュタインは,全く新しい視点から,マクスウェル方程式とニュートン力学を統合した.新しい視点のひとつを特殊相対性原理と言う.これはガリレイの考え方(動く船のマストからボールを落としてもボールはマストの真下に落ちる)を電磁現象に拡張したものだ.

    1905年(09)特殊相対論のもう一つの新しい視点は,光速度不変の原理だ.これまで,マクスウェル方程式の理論的帰結として知られていた「結果」を,特殊相対論では「原理」に据えたのだ.

    1905年(10)光速度不変の原理は,はっきり言って,滅茶苦茶である.当時はそのように受け取られたし,その意味が完璧に理解されている現代においてすら,光速度不変の原理を中心原理に据えたアインシュタインの意図はほぼ理解されていないように思う.

    1905年(11)特殊相対論を構築するにあたって,光速度不変の原理以外の指導原理を導入することは可能であった.例えばマクスウェル方程式を中心に据えることは依然可能である.

    1905年(12)アインシュタインは,同じ1905年に光量子説を発表している.光量子説は,光は「粒」だという立場に立っている.マクスウェル方程式が光の波動説に立脚していることを考えると,特殊相対論と光量子説は矛盾することになる.

    1905年(13)彼は,1905年の時点で,光は波でも粒でもなく,量子(波と粒の両方の性質を備えたもの)であることを確信していたらしい[砂川重信 http://amzn.to/eNYC9O ].つまり,マクスウェル方程式はいずれ「破綻」する.しかし,光速度不変の原理は,生き残る.

    1905年(14)アインシュタインの1905年の直感は,25年後の量子電磁気学の登場で正しさを証明される.僕が,アルベルト・アインシュタインを尊敬する理由はこれである.

    1905年(15)アインシュタインは,その後一般相対論によって古典力学を完成させた.彼自身が1905年に扉を開いた量子力学に関しては,同僚科学者に批判的な手紙を書き続け,図らずも,量子力学創設の偉大な功労者にもなった[ニールス・ボーア].なんという男だろう.

    物理学の知恵を借りる

    Dan Cobley: What physics taught me about marketing から要約...したいのだが,エジプトではストリーミングが途切れ途切れで大変視聴しづらい.

    要約すると,ニュートンの運動法則




    不確定性原理



    そして,「仮説は証明できない,棄却するのみ」の3点から経済学へのアナロジーを提案している.

    テンソル裏口入門 6

    執筆が暫く滞ってしまった.本稿を書き始めたそもそもの目的は,数学が物理学におこした奇跡を,今度はデザインにおこせないものかと,思索するためである.それは無謀な試みかもしれない.けれども,僕はどうしても取り組まざるを得ない.

    一つの道標は,とある記号のデザインが数学に起こした奇跡である.数学にはデザインがある.逆は必ずしも真ならずであるが,それは逆が偽であることを要求しない.その記号に,このブログはいずれ触れるであろう.僕はその記号に触れるために,いま長々とテンソルについて触れている.

    その記号については,リンクを張るにとどめておこう.

    さて,執筆が暫く滞ってしまった理由であるが,前回ついうっかりと,運動方程式に触れてしまったことにある.運動方程式とは,速度の時間変化を扱うものであった.しかし,速度とは何だ?もちろん,変位(位置)の時間微分である.

    ところが,我々が正しいと信じる特殊相対性理論によれば,変位はテンソルの第1成分,時刻はテンソルの第0成分(第4成分とする場合もある)なのである.なんてことだ.ベクトルのある成分を別の成分で微分するなんてことが,許されるのだろうか.

    ベクトルから成分だけ取り出すことは,ほとんど無意味である.もし質点の運動を考えたいのなら,時空間の中の質点の軌跡を拘束する式を与えるべきではないか.あるいは,ラグランジュハミルトンのように,相空間の中の軌跡を拘束すればよいではないか.実際,そうするほうが数学的には美しい.

    それでも,我々は運動方程式を考えたい.運動方程式はガリレイ変換に対して不変であるが,ローレンツ変換に対しては不変ではない.その理由は,時間微分にある.時刻tはローレンツ変換に対して不変な量ではない.それは,テンソルの1成分にすぎないからである.

    ここに,固有時という考え方を導入する.固有時とは,前回導入した不変量ds2に他ならない.正確にはs=∫dsなるsを固有時と呼ぶ.世界座標のノルムであるから,これはスカラーであることに間違いない.

    これが時刻でよいのだろうか?座標系に対して静止している物体について考えると,その物体の時空内の位置は第0成分(時刻成分)だけが変化する.もちろんsはニュートンの絶対時間tと一致するから,これは固有時と呼んでよさそうである.

    では速度v0で動く座標系の時計は,静止座標系からはどのように見えるだろうか.ローレンツ変換によると,時刻成分は1/√(1-v02)だけ進むのが遅れる.時計は遅れるものだという考えに従えば,これを固有時と呼ぶことに抵抗は無かろう.世界座標xiを固有時sで微分したものは,固有速度と呼ばれる.固有速度をuiであらわそう.

    固有速度の第0成分(時刻成分)が何を意味するのか,僕にはわからない.それは,ただのローレンツ因子1/√(1-v02)である.ただし,固有速度はローレンツ変換に従う.固有速度は,おそらくは数学上の便宜でこそ考えられる量なのだろう.

    固有速度uiに,質量mを掛けたものは,固有運動量とは言わずに4元運動量と呼ぶ.これは一般にpiという記号で表す.(固有速度のほうは4元速度とも言う.)4元運動量の空間成分は,ニュートン力学で言う運動量にローレンツ因子を掛けたものである.静止座標系(絶対空間という意味ではなく,質点が静止しているように特別に選んだ座標系)ではローレンツ因子は単に1である.面白いのは4元運動量の第0成分(時間成分)である.これは単に質量mである.4元運動量の第0成分は物理的に何の意味があるのだろうか.

    4元速度と違って,これには明確な解答がある.その証明はおそらくは次回に見てみるとして,結論を言う.4元運動量の第0成分は,エネルギである.すなわち,E=mである.あるいは,より一般的な単位系を採用すれば,

    E=mc2
    である.

    これが,ローレンツ変換(特殊相対性理論)から導かれる,最も有名な結論である.

    テンソル裏口入門 5

    ニュートンの運動方程式をF=maと書いたのでは本質を見失う.運動方程式は力が運動量の時間変化の起源であると読む.運動量をpとするかmvとするかは悩ましい問題であるが,解析力学,量子力学以外ではmvのほうが見通しがよい.そこで,運動方程式を次のように書こう.





    ここにドットは時間微分を表す(ニュートンの記法である).念のため速度vは




    である.
    ニュートンの運動法則はガリレイ相対性を要求する.つまり,等速度運動系から見ても運動方程式はその姿を変えない.ある座標系Σから見て運動方程式が成り立っている限り,座標系Σから見て一定速度v0で動いている座標系Σ’でも運動方程式は成り立つ.これは数学的には,





    なる変換(ガリレイ変換)に対して,方程式が形を変えないことを意味する.実際,上述の運動方程式の右辺はxの時刻tに関する2階微分であるため,上の変換に対して不変であることはたちどころに理解できる.(この式をもって時刻tをニュートンは絶対時間と呼んだ.そこまではいいのだが,カントはどうもこの式の意味をきちんと理解せずに利用して自説を唱えたのではないかと僕は疑っている.)
    ガリレイ変換は変換行列TGを次のように定義して





    次のように




    とも書ける.行列TGが美しくないなーと思った人は,かなりいいセンスを持っている(と思う).
    さて,これまで単位の話をしなかったが,これからは単位に気をつけることにする.つまり,長さの単位として「光秒」を採用する(もっと直接的に長さの単位を「秒」にしてもよい).これは光が1秒間に進む距離である.従って,光の速度は1である.今後,長さと時間は同じように秒で計るため,わざわざ光速度(c)を方程式には書かない.
    マクスウェル方程式は,ガリレイ変換に対して不変ではない.すなわち,ガリレイ相対性は破れている.ローレンツはマクスウェル方程式が従う変換(ローレンツ変換)を発見した.それは次のような変換である.





    この変換に対して不変な物理法則は,(ローレンツ相対性ではなく)特殊相対性を持つと言われる.速度v0が十分小さい場合,ローレンツ変換はほぼガリレイ変換と同じである.
    ローレンツ変換をテンソル形式で表してみよう.ポアンカレに倣って





    とする.(一方ミンコフスキーはx0=tとした.)ローレンツ変換は次のように書ける.




    ここに




    である.あるいは,




    かつ




    である.見ての通り,速度v0の勾配(角度で言えばφ)による回転がローレンツ変換の本質である.
    ローレンツ変換を行列TLで表すと,





    を使って




    となる.行列TLは見慣れた回転行列であり,その対称性は美しい(TGと見比べてみよ).
    ローレンツ変換は回転であるため,内積は保存される.実際





    なるs2は保存量(スカラー)である.

    電子教科書は喫緊の課題というお話

    電磁気学を学んだ人は,その苦労を思い出して欲しい.

    電磁気学(特殊相対性理論の別名)は,教えることの最も困難な学問分野の一つであろう.とりわけ,その適用範囲を考えると(電気を使わない工業製品が考えられるか?),この教育の困難さは看過できない.

    紙の教科書,黒板,模型,実験を通してさえ,正しい電磁気のイメージを伝えることは困難なのだ.いまのところ,それは数式と相当大雑把な図形や模型,繰り返す実験を通して学生の想像力をかき立てるしかない.

    電場を例に取ろう.

    電場を見たことがある人は?

    もちろんいない.

    電場を想像できる人は?

    電気力線は雑なスケッチにすぎないが,理解の助けにはなる.よりよい方法は,電場(ベクトル場)のかわりに,スカラーポテンシャルを考えることだ.静電場の場合,スカラーポテンシャルは電荷の周辺が一番濃くて,距離に応じて薄まっていく.静電場はスカラーポテンシャルの勾配なので,スカラーポテンシャルの濃さは等高線の3次元版と思えばいい.

    こうして,「静電場が想像できない」問題は克服される.

    静電場ではない場合,つまり電荷が動く場合は,この見方に修正が必要である.スカラーポテンシャルの変化は,ベクトルポテンシャルを生み出す.ベクトルポテンシャルは,磁束密度(ベクトル場)と関係の深いポテンシャルである.ベクトルポテンシャルを想像するには,ベクトル場を想像するのと同じだけの想像力がいる.3次元空間中のあらゆる場所に,あらゆる3次元ベクトルが埋め込まれているイメージだ.

    なんとか想像できる?もちろん.

    ところが,電磁気のおもしろさはここからだ.

    スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは,実に独特な方法で絡み合う.この問題は,マクスウェルが自分の名前を冠した一連の方程式を発見するまで,長らく物理学者たちを悩ませた.

    マクスウェルの,そしてローレンツ,アインシュタイン,ポアンカレの発見はこうである.スカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルは独立なポテンシャルではない.それらは,ひとつの4元ポテンシャルの影なのである.この4元ポテンシャルは,4次元の時空間の中に埋め込まれている.

    あなたは4次元時空間のいたるところに対応する4次元ポテンシャルがあり,それらがダランベルシアンの命ずるところによって波打っている様子を脳内でビジュアライズすることができるだろうか?小数の人は4次元空間を脳内にビジュアライズできるらしい.4次元ポテンシャルもビジュアライズできる人はいるらしい.

    しかし,僕には出来ない.

    数人の物理系教授へインタビューしただけだが,おそらく多くの人もビジュアライズ出来ないだろう.

    それでも我々は4次元時空間も4次元ポテンシャルを理解しているし,理解せねばならない.

    我々はピントのぼけたスケッチを描き,似ても似つかぬ模型を作り,真実を伝えるという数式を打ち眺めることで,徐々に,少しずつ,そしてある日ぱっと,4次元時空とそこに埋め込まれたポテンシャルを理解するのである.

    ここで最初の問題提起に戻る.

    もし,インタラクティブに設計された,電磁気学の電子教科書(何と呼んでもも良い)があれば,もっと速く,我々は電磁気学のイメージをつかめるのではないか.

    例えば,iPadのようなコンピュータに位置姿勢センサをつけておいて,ひとつを揺すると,隣のコンピュータ画面では空間のゆがみ(4次元ポテンシャルの変化)がビジュアライズされるとか.

    こんなちょっとした工夫ひとつで,電磁気のイメージはぐっと掴みやすくなるんじゃないかと思う.

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